わたしたちには、「知性」があります。

「知性」とは
学校の勉強や、社会性や、
合理的かどうかとか、損得の計算とか
そういうものとは、全く違います。
「知性」とは、
わたしたちの体と心のエネルギーを司っている
自分専用の神のようなイメージ。
わたしたちの本体は実は知性の方で
そのはたらきに従っていれば、自然と、最高の人生を送れるようになっています。
でも、残念ながら、ほとんどの人の知性は、気絶していて
ほんとうの力を発揮できない状態になっています。
どうして気絶しているのかというと、
今のわたしたちの体と心は
現代社会への過剰な適応で刷り込まれた劣等感
無価値感
罪悪感
無力感
いわば「精神のゴミ」でいっぱいになっているから。
もっと言えば
わたしたちがそのゴミを「正しい」と思い込まされて、
喜んで支配されているから。
なんとも酷いことに
「それが世間というものだ」と
教育されてきたからです。

「知性」が気絶から目覚めて、覚醒したら
そんなつまらない精神のゴミは一発で叩き伏せることができます。
そして本当にしたいこと、本当に自分が心から喜べる道がはっきりと見えます。
どうすれば良いかも、手に取るようにわかります。
何も迷う必要はなく、何も苦しむこともなくなります。
今は、「知性」が気絶させられているので、それができません。
つまらないゴミに支配されて、つまらないゴミのために生きるような人生を選んでいます。
日々の繰り返し、自分をつまらなくさせる行動の繰り返し、
そんな自分を守るために条件反射でやってしまういろんなクセの繰り返しで
より一層、望ましくない道すじが強化されていく。
毎日を新しく生きることなんてできなくなる。
本当はできるはずのことも、できないまま。
本当なら見つけられていたはずの道も、閉ざされたまま。
わたしたちは
その望ましくない脳の回路を灼き切ります。
精神のゴミを掃除して、新しい風を通します。
記憶と思い込みとセンチメンタルに引っ張られて間違った選択をするクセを
きっぱりと取り払って
本当の自分のための選択ができるように
トレーニングしていかなければなりません。
これは大変なことです。
だって、何もしなかったら何もしないままでいいのですから。
反射的に『トレーニングなんか嫌だ』と目を背けるのも当然。
『ほんとうにいらないかな?』『一度やってみてから判断しよう』って
検証できる人は、その時点で、他の人よりもずっと先を行っています。
何においても
「知性」が覚醒していて
『あなたに必要なのはこれだよ』っていつでも言ってくれるのがベスト。
ゴミでパンパンになった体と心を掃除して
ほんとうの自分を取り戻すのです。
自分で操作できる意識の部分でどうこうしようとしても、知性は覚醒しません。
言葉や頭で考えている意識の部分では、足りない。
精神のゴミはもっと深いところに、想像を超えた量で溜まっています。
溜まったゴミを掃除するために
わたしたちは毎日、プージャで浄化し、瞑想をします。
過去から蓄積されたゴミたちが「そんなことをしても無駄だ」「どうせこのまま変わらない」
とかしゃべってきますが、スルーします。
そうしていると、だんだんとゴミたちが無口になっていきます。
それと同時に
わたしたちの「知性」が目覚めはじめます。
本当にしたいこと、本当に自分が心から喜べる道がはっきりと見えてきます。
これまでの努力は、決して無駄にはなりません。
ただ、それらの経験や努力を経たからこそ
今、新しいあなたになれるのです。
今度こそ、喜びへの道がやっと、ひらかれるのです。
